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福岡高等裁判所 昭和25年(う)1484号 判決

控訴人 被告人 川井佐都栄

弁護人 福地種徳

検察官 山本石樹関与

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

被告人並びに弁護人の控訴趣意は末尾添付の書面に夫々記載された通りである。

弁護人の控訴趣意第二点について。

原判決がその判示(二)の詐欺の事実を認定するに際り、被告人の公判廷における自白の補強証拠として検察事務官に対する田中寿の供述調書の記載を採用し、右採用部分は同人が詐欺の被害者掛屋吉太郎から伝聞した事項を内容とするものであることは、まことに所論の通りである。しかし右供述調書を証拠とすることについては原審公判廷において被告人が同意しているのであつて、斯様に同意のあつた以上たとえその書面が伝聞事項を内容とするものであつても作成された情況を考慮し相当と認めるときに限り、右書面は証拠能力を有するものと解すべきであるから、原審がこれを証拠として事実認定の資料としたことは適法であり、原判決には自白のみを以て被告人を有罪とした違法はない。よつて論旨は理由がない。

被告人の控訴趣意及び弁護人の控訴趣意第一点について。

論旨はいずれも原判決が被告人に科した刑は重きに失するというのであるが、訴訟記録及び原審において取調べた証拠に基き本件犯罪の態様回数及び被告人の受刑事実その他諸般の状況を考察すれば、たとえ所論のような事情を斟酌しても、原審が被告人に科した刑を以て不当に重いとはいえないから、論旨は理由がない。

よつて刑事訴訟法第三百九十六条により本件控訴はこれを棄却し、当審における訴訟費用は同法第百八十一条第一項により被告人をして負担せしめるものとし、主文の通り判決する。

(裁判長判事 谷本寛 判事 竹下利之右衛門 判事 佐藤秀)

弁護人福知種徳の控訴趣意

第一点原審判決はその量刑不当である。

原判示事実、一被告人は(一)昭和二十五年三月五日予て面識ある長崎市築町四十八番地田中寿方に於て支払の意思能力もないのに同人に対し自分の家は魚釣りをしているので釣道具を買つて帰りたいが金がたりないので帰宅後直ちに送金するから金六百円を貸してくれと虚構の事実を申向けて同人をしてその旨誤信せしめ因つて即時同所に於て貸借名義下に金六百円を交付せしめて騙取し、(二)同月六日右寿方で面識となつた北松浦郡志々岐村掛屋吉太郎を長崎市戸町海岸に繋留中の運搬船に訪ね同人に対し「自分は田中寿の妻の妹にあたり目下同家に手伝中の者であるから戸町罐詰工場に対する支払の不足金二千八百円を今晩返すから貸してくれ」と虚構の事実を申向けて同人を誤信せしめ、因つて即時同所に於て借用金名下に金二千八百円交付せしめて騙取し、(三)同月十一日頃から同月十三日頃迄の間長崎市西浜町五十七番地旅館宮古屋こと平良玄信方に於て同人に対し支払の意思能力もないのにこれを装うて宿泊方を申込み、同旅館に宿泊しながら宿泊料合計金五百七十四円の支払をしないで財産上不法の利益を得たもので右の事実は被告人の認めるところであるが、本件犯行に至つた経緯について被告人が検察庁に於て累々陳述するところによれば(記録三九丁裏三行目以下検察事務官の被告人に対する供述調書)昭和二十一年六月頃から両親の反対に抗して一緒になり南松浦郡五島富江で同棲し一女を設けた間柄の福島繁雄は日頃無為徒食するので遂に右女出産の際出産費に窮し窃盗罪を犯し、昭和二十四年一月島原簡易裁判所で懲役一年に処せられ同年十月仮出獄にて出所したので、其後は右福島と別れて更生する考えにて島原の実家に於て真面目に働いていたところ、右被告人の出所を聞き右福島が来り反対する被告人に匕首を突きつけ膝部に傷害を与える等により脅迫の上再び五島富江に同行したが福島は依然無為徒食し、被告人を虐待するので堪えかねて同所を逃げ出し、同二十五年二月二十七日長崎市に来たが実家にも不義理で帰れず、所持金を費い果し適当の職もなく遂に再び本件犯行に及んだもので被告人がその一女惠子(当二年)の将来を想い独立更生せんとする念願の切なるものは記録上見受けられ同情の余地多大で原審科刑はその量刑過重であると思料せられる。

第二点原審判決には採証上の違法がある。

原判示事実(二)に付ては被告人の原審公判廷に於ける判示同旨の供述と検察事務官に対する田中寿の供述調書を以つて有罪認定の証拠とされているところ、右田中寿の供述内容は伝聞証拠に止まるので結局被告人の自白以外証拠がないことに帰着し、右により有罪の認定をすることは採証上の違法あるものと思料する。

(被告人の控訴趣意は省略する。)

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